ウオーキング、時々トレッドミル

気が付けば60歳!! 旅と写真が好き。8年前に思いついてダイエットとウオーキングで標準体重に。また体重が戻り始めたのでトレッドミルも使って健康維持頑張ります。

旅の思い出ーベトナムー

Facebookが7年前の記憶を呼び起こしてくれました。


クリスマス休暇にタイ、ベトナム、カンボジアを3週間かけて巡りました。
チェンマイまでは夫も含めて家族旅行。そこから夫は豪州に戻り、私と子供たちはバンコク経由でハノイまで飛びました。


ハノイからはバックハーという花モン族のマーケットを見たくて、夜行寝台列車でサパまで。
当時は高速道路が開通していなくて往復寝台列車。
サパのホテルのマネージャーさんに頼んで列車の予約、バックハーまでの車の予約もお願いして。



ハノイでは空港から旧市街のホテルに向かい、何泊か過ごし、サパに向かい、サパでは3泊だったと思います。
そしてハノイに戻り、そこからViet Jetでダナンまで飛び、ホイアン泊。
そして、またダナンからホーチミンまで飛び、何泊かした後、今度はバスを使ってカンボジアに向かったのでした。


我が家で断トツの健康な胃腸を持つ私は、東南アジアのどこでもストリートフードを食べても食あたりになったことはありません。(インドではジャイプールで当たってしまいましたが、3週間中2日間のみという鉄の胃腸。両親に感謝。)
ところが、我が家の男性陣はそうはいかない。
一番弱いのは次男で、初めて行ったマレーシア以来、アジアの国々では毎回食あたり。
クアラルンプールとホーチミンシティではお医者さんにお世話になりました。
ということでこの、タイ、ベトナム、カンボジア旅行では、気の毒なことに何回か食あたりになりました。


普段は食あたりになることのない長男はハノイについたころ、寒さもあって、風邪をひき、そこから食欲減退、下痢などの症状。
サパに行く夜行寝台に乗る予定の日も、少し改善したのですが、いかんせん夜までどこかで過ごさねばなりません。
私たちの泊まったホテルは旧市街の、安ホテルでしたが、ホテルの評判がとても良いところ。マネージャーさんに子供が病気なことを告げ、Late checkoutをお願いしました。
とても心配してくれて、実はその部屋は次のお客さんが決まっていたのに、そのお客さんにチェックインタイムの遅延をお願いしてくれて、幸い長男は午後5時ぐらいまで部屋で休むことができサパまでの電車に乗ることができたのです。



私の旅行は自由旅行のようでありながら実はホテルの予約や飛行機、電車の予約をビッチリしてあり、どこかで事故があると、その後の行程がこなせなくなるという、綱渡りの行程が多いのです。旅のプランを立てるというのが好きなこともあるし、どう動いたら効率的に旅が出来るか?そんなことを考えて。
でも家族との旅行にはそれはかなり無理があると気が付いたのもこの旅でした。
特に子供たち(当時13歳ー15歳)がいたら行程はゆったりが大切です。


サパの滞在も済んで、ハノイに戻り、今度は遅延・フライトキャンセルが多いというベトナムのLCC,でも国営航空でも遅延、キャンセルはよくあるということなので、運命をかけて(大げさ)Vietjetに乗り込み、ダナンへ。
この時点では、長男は回復、次男も健康だったのですが、ダナン、ホイアン近郊のアンバービーチへのサイクリングをした日から次男のお腹の調子が急下降。おそらくランチに食べたフライドチキンが古かったのでしょう。その後は発熱、悪寒、下痢症状です。
ホイアンではLa Tonnelle という古民家を改装したゲストハウスに宿泊しました。

ここでも、ゲストハウスの皆さんに助けられます。
次男の具合が悪いというと、解熱剤を探してくれたり、食欲がない彼にスタッフ用の食事を分けてくれたり。
祈るような気持ちで2泊を過ごし、そしてまたまたVietjetでホーチミンシティに。
ホテルについてすぐお医者さんをたのんで来てもらい注射と薬を出してもらいました。(ちなみに、ベトナムでは訪問診療も100ドルぐらいだったので保険を使うまでもなかったです。)
幸いホーチミンシティでは2泊を予定していたので、次男はかなり回復し、私と長男は市内を若干巡り、カンボジア行のバスに乗るころには次男もどうにか旅を続けられるような状態になっていました。


ホイアンの日本橋のお土産売りのおばあさんと。


ベトナムは食べ物がとてもおいしく風光明媚で大好きなところです。
でも一番思い出すのは、子供たちが病気になったときに当たり前のように助けてくれたホテルの人たち。皆さん、お元気でしょうか。その節は本当にお世話になりました。


また訪れることができる日を夢見ています。